カーテンウォールができるまで

つくり手の対話/101 BASE

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101 BASEは日本橋にあるセールスプロモーション会社のオフィス兼企画室。もとは50年以上物流倉庫として使われていた場所で、オフィスへの用途変更にあたりリノベーションが計画された。狭い路地のそのまた奥の空間にあらたにオフィスビルにみられるようなガラスのカーテンウォールが設えられた印象的な外観をもつ建築である。
ひとつの建築がよりよい関係性の中でつくられていくためには、設計をする建築家、施工を請け負う工務店、そして実際に作業をする職人との良好な連携は欠かすことができない。本稿では設計者、職人、工務店の三者による鼎談から、この特徴的なファサードが生まれた背景、そして月造のリノベーションの現場とはどのような場所なのかについて読みとく。

話し手:
朱牟田育実(能作淳平建築設計事務所)、比留川、月森忍(月造・代表取締役)
テキスト:
加藤孝司
写真:
岡崎果歩

ガラスのカーテンウォールは
どのように生まれたのか?

──今回のプロジェクトが始まった経緯から教えてください

朱牟田:アートディレクターの古谷萌さんから能作淳平に設計のご相談をいただいたのが最初のきっかけでした。能作と古谷さんが同じ歳だったのもそうですが、お施主さんであるナカチカの中島さんと古谷さんの信頼関係がしっかりあったこともあり、私たち設計チームもスムーズに仕事に入らせていただきました。

──そうでしたか。

朱牟田:次の段階としてそこに施工の方をどのように参加していただくかを考えたときに、最初から月造さんにおまかせしたいと思いました。それで設計の初期段階から月造さんに入っていただき、現場でも一緒にアイデアを実現していきました。
そこでこの建築の最大の特徴でもあるファサードをどう実現するか。そこが私たちの最大の課題のひとつだったのですが、工務店である月造の月森さん島本さんはもちろん、月造さんにご紹介いただいた金物職人の比留川さんにも初期段階から入っていただき相談させていただきました。

比留川:今回の現場はそうでしたね。印象に残っています。

カーテンウォール越しに見る外の景色

朱牟田:構造設計、施工から意見を聞き、実現可能と判断した段階で施主である中島社長にプランを提案させていただきました。

──設計、施工の両者が最初から完全にタッグを組んだことで実現したプランだったんですね。

朱牟田:はい。

比留川:最初の案は現在のようにサッシと木枠ではなく、すべて鉄骨でガラスにカーテンウォールをつくる案でした。その案ですと鉄骨だけで何トンという重量になる。片側は既存の壁を残して、もう片方を何トンもの鉄骨にすると果たして建物が持つのか?というところから議論をしました。

月森:そうでした。現在の木にするアイデアは比留川さんから?

比留川:はい。木建てにして外側だけ金物にすれば、この設計も可能ではないでしょうかとご提案をしました。

朱牟田:構造設計の方からも鉄骨の場合、重量で建物が傾くのが心配とおっしゃっていたのと、コストダウンも兼ねる必要もあり、防火性能をクリアした上で、木材を主軸とするプランに変更しました。

取材の合間に扉の修理をする比留川

比留川:私のようなつくる側から、できることできないことを明確にお伝えしたほうが設計者としてはやりやすいということもありますか?

朱牟田:それはあります。設計者にも未知なゾーンがあって、実際につくっていただく方のご意見をうかがえることは、いいものをつくるためにもとても貴重なことでした。

比留川:実は設計の方にとって難しいと思われるようなことでも、つくり手側からみると規格材で置き換えたり、工夫次第でなんとかなるということがあります。
個人的には単なる意匠ではなく機能が伴うことが前提ですが、設計者さんの意図を超えるものをつくりたいとはいつも思っています。101 BASEでいうと、ファサードのサッシの小口の塞いだ部分に水が流れやすいようにテーパーをつけています。だからこれは難しいのではと諦める前に一度聞いていただけると前向きな議論ができると思います。

比留川が提案した水を流すためのテーパー

朱牟田:工夫をしていただいたそういった部分は、建築を見学に来てくださった方にも、きれいですねとお言葉をいただくこともあり、さすがだなあと思っています。
101 BASEに関しては規格材を使うことでコストカットや搬入の課題をクリアできたこともありました。

比留川:そこらへんは大工さんとの連携も大切で、その点では月造さんと大工さんとの関係がよいので、スムーズに連携ができて助かります。チームとしての連携がつくりやすいんです。

──比留川さんは月造さんとのお仕事も長いのですか?

月森:もう10年近くになります。金物に関しては全幅の信頼を寄せています。比留川さんは武蔵野美術大学のご出身ですよね?

比留川:はい。私は武蔵野美術大学で金工を学んだこともあって、どちらかといえば工芸よりのスタートでした。その商業ベースの金属造形工房で修行をしたり、鉄骨についても現場で身につけました。

狭さにどうアプローチするか?

──そういった意味では101 BASEに特徴的なファサードのスチールサッシは工業的な美しさとともに美術的な美しさも兼ね備えているように感じました。たぶん小さなディテールの積み重ねでそのような「雰囲気」が生まれていると思うのですが、その辺はいかがですか?

朱牟田:確かにそういった部分も理解していただいているから、単に工業的だけではないものになったのかなと思います。

月森:設計の中に図面だけでは表現できない部分をお持ちの建築家の方も多いなか、施工業者としても比留川さんのおかげで、建築家と同じ土俵でみれるようになってよかったなと思っています。月造がお願いする職人さんは皆さんそうなのですが、それぞれの業種を突き詰めて考え、実際の現場でも実践してくださる方ばかりです。
ですがその部分は意外と融通が効かないところでもあって、工務店としてそこらへんの調整をしてきた部分も実は多いんです。比留川さんのような方とご一緒させていただいているおかげで、その部分を私たちがしなくてもよりスムーズにつくる環境ができたのかなと思っています。

ーこの建物は下町の路地の更に奥まった場所に建っていますが、この場所ならではの難しさをどうクリアしていったのか少し教えてください。

比留川:まずは狭さでしたよね。私の場合は、部材を細かくつくらなければこの場所に収めるのは難しいという状況がまずあって、だからこそ鉄骨屋さんとは違うところでご提案ができると考えました。

月森:逆の発想ですね。

朱牟田:道路に面していないことで、長い材料の搬入がまずできません。

──現場で溶接をされたんですか?

比留川:いや、溶接をしない方向で考えました。木下地に対して、パーツで持ってきた金物を止水を考えた上でビスで固定しています。

月森:近くに車も止められましたし、搬入に関しても普段から現場ごとに考えながらやっています。さらに特殊な現場もあるので全然大丈夫でした。

朱牟田:サッシにガラスをどう収めるかも含めて設計の初期段階からご相談できたのがよかったです。私自身これまで大きな規模の建築はやっていないのですが、ここまで直につくり手さんとお話ができる現場ってないんじゃないかな?と思います。

──朱牟田さんにとってはそういった意味でもいい現場になりましたか?

朱牟田:はい。能作事務所では何度も月造さんとご一緒させていただいているのですが、私自身は初めてでした。私自身は少し引っ込み思案なところがあって……。ですがこの仕事では初めて現場に入ったときから、現場に来るのが楽しみで、こんなに居心地がいい現場があるんだ!と思ったくらいです。

──空気感が、ですか?

朱牟田:そうですね。現場にもよるのですが、工務店さんと話すことはあっても、職人さんとまったく話さない現場というのも存在していて、それが月造さんの現場ではまったく逆で、私自身お一人お一人の職人さんのお名前も憶えていますし、会話もさせていただき、私が行きたくなる現場の環境づくりを月造さんがしてくださっていると思いました。

──月造さんとしては「場づくり」のようなものも考えて日々お仕事をされているのですか?

月森:現場に関しては少し兄貴肌のある私の相方の島本によるところが大きいのかなと思っています。性格的にも仕事の上でも裏表がないところもそうですし、ものづくりの上での職人と設計者との関係づくりをうまいことやってくれるんですよね。

比留川:確かにそうですね。島本さんはとにかくバイタリティーのある方だから現場の空気も締まりますよね。

楽しそうに脚立を運ぶ月森と島本

建築のたのしさをもたらしてくれた現場

──実際にできてみていかがですか?

朱牟田:もともとがナカチカさんが長年倉庫として使われていた、少しじめっとした閉じられた場所でした。そのような内部の空間性に対して、それをいかに払拭していくかが大きなポイントでした。光を内部に取り込みそこで働く人が働きやすい環境をつくるために、昭和によくみられる木造の建物の外壁を1面まるっと取ること。一見乱暴な操作だとは思うのですが、それが一番シンプルな解答でした。
それと場所性という部分ではオフィスビルが多く建ち並ぶ人形町というこの場所から多くのヒントをもらいました。

──確かにこの辺りは土日になると静まり返ってしまうほど、大手町や八重洲、日本橋にも近いオフィスエリアになっていますよね。

朱牟田:そのオフィスビルはカーテンウォールといわれるガラス張りが特徴的で、101 BASEにおいては元倉庫がオフィスビルに"擬態"するということをイメージしています。一面の壁をカーテンウォールにすることで倉庫がオフィスになるのではないかと思ったんです。

──それは面白いですね。

朱牟田:それを道路に面していないこの場所でやるからこそ、このガラス面の内側だけがこの建物にとっての内部ではなく、向かいの建物に張り付いている排気のダクトやさまざまな配線など、ガラスの外側までもが所有物になるような感覚になるのではないか。そう思ってこのカーテンウォールの設計にしました。

  • 朱牟田育実

    (しゅむた・いくみ)

    建築家
    1990年埼玉県生まれ。武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、武蔵野美術大学大学院建築学科卒業。2017年からノウサクジュンペイアーキテクツ勤務。2021年、IKUMI SHUMUTA ARCHITECT設立。

  • 比留川直孝

    (ひるかわ・なおたか)

    メタルワークスタジオヒルカワ代表
    武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科で金工専攻。2000年から老舗の装飾金物工房勤務。2004年から非鉄金属を中心とする金属造形工房勤務。2013年からMetal work studio HIRUKAWAとして独立。

  • 月森 忍

    (つきもり・しのぶ)

    有限会社 月造 取締役
    昭和41年生まれ。鳥取県で生まれ十歳まで広島で育つ。父親仕事都合にて東京都に転居。土木会社、展示会場設営会社を経て、平成5年に有限会社月造を設立。現在に至る。

101 BASE

  • 建築設計:JUNPEI NOUSAKU ARCHITECTS
  • アートディレクション:Study and Design
  • 施工:月造
  • 構造設計:TECTONICA INC.
  • 法監修:建築再構企画
  • 竣工:2021年5月