101 BASEは元倉庫の建物を建築家の設計のリノベーションにより、新しい空間に生まれ変わらせたスペースである。ゆえにこの計画において必然的に生まれたのが、元からあった古いものと、新しいものとの組み合わせにより、これまでとは異なる機能を持った空間を生み出すという命題である。本稿では、リノベーションに特化した月造の工務店の仕事についてと、リノベーションにおける古いものと新しいものの組み合わせについて、建築家の朱牟田氏と月森が語る。
──まずは月森さんへ、最初にこの計画を聞いたときにどのように思ったかお聞かせください。
月森:僕たちとしては規模の大きな仕事になる、というのがまずは第一印象でした。小さいとはいえ一棟の建物、そして三層にわたる計画でした。しかも施主のナカチカさんはこのエリアで100年以上続いている歴史のある会社であること。その2つの前情報をもって現場に入りました。
──クライアントさんからも最初から月造さんにお願いをします、という感じだったのでしょうか?
月森:当初は正直、何社かのひとつとして弊社があるのだと思っていました。ですが、最初お会いした時からこの街の成り立ちや地域の情報、工事に関する具体的なお話をしていただき、特命であることがわかり最初からストレートに入らせていただけたのはとてと嬉しかったです。
──最初からチームの一員として迎えていただけるような状況というのはとても貴重なことでもあるんですね。設計を担当する能作さん側としてはこの仕事に関して、最初から月造にお願いすると決めていたのですか?
朱牟田:能作(淳平)は仕事に取り掛かる際に、誰に頼めば現場が面白くなるかも含め、「チーム編成」を大切にしています。ですので101 BASEが具体的に動き始めた時には、施工は月造さんにお願いすることは決まっていました。
──そもそものお話もお伺いしたいのですが、あらためてリノベーションに特化した月造さんの工務店としてのお仕事についてと、月森さんが仕事をしながらいつも考えていることを教えてください。
月造:弊社の場合、まず建築家の方のプロジェクトがあって声をかけていただくことが多いです。そうしますと、建築家が目指すことや、プロジェクトに対する熱い温度感にこちらも合わせていかなければいけないという部分がまずあります。一方で、工務店の仕事として、街に住むエンドユーザーさんからの、暮らしまわりを整えるお仕事もご依頼としてあります。
──街の工務店としてのあり方ですね。
月森:そうです。それと現場では、われわれのことを大工さん、電気屋さんと呼ばれることもあって、一般の方には工務店の仕事って意外と幅が広くて、かつ分かりづらいところもあると思っていました。だから、どんな時に、どう、誰に頼めばいいのか、わからないということもそもそもとしてあるかと思っています。
それと、工務店が持つ知識や技術で暮らしをよりよくしたいという思いもあります。
──より良い暮らしや、街の風景をよくしていくために、施主にとってより身近な存在である、つくり手の立場だからこそできることはきっとあると思っています。
月森:私もそんな存在になることができたらいいなと思っています。日本の場合特に、建物がどうしても規格品というか、工業製品のようなものになる傾向があると感じていました。大きなことは言える立場ではありませんが、人間が住む環境がそんな画一的なものでいいのだろうか?という思いをつねにもっています。それを変えていくためにも、もっと街の工務店が気軽に使ってもらえるようになるにはどうすればいいのか、それはいつも考えています。
──逆に建築家にとって月造さんのような、ある種こころざしをもった工務店とはどのような存在でしょうか?
朱牟田:私にとっては建築の現場について教えていただいたり、相談に乗っていただくことが多々あり、先輩のような存在です。あと、私たち設計者は建築の造形言語をついつい使いがちなのですが、職人さんたちにうまく翻訳して伝えていただいていると思っています。
──そういった意味では自分たちが意図するところのものを「伝える」という部分でも学ぶ部分があるということでしょうか。
朱牟田:私の場合はそれはあると思います。
──リノベーションにおいて一からすべて作り変えることもあると思いますが、元からある古いものをどの程度残し活用するのか、古いものと新しいものの組み合わせがひとつの肝にもなる部分もあるかと思います。特に101 BASEの場合は既存の建物を生かしつつ、元倉庫であった建物をオフィスビルに用途変更をするいう難しいことへのチャレンジだったと思います。残すことと新しくすることはどのように選択していったのでしょうか?
朱牟田:101 BASEの場合、最大の理想はファサードだけ変えて、あとは残すことでした。空間の見え方としては、新しい材料と元からそこにあった材料をあまり認識させたくないという気持ちで設計をしていました。単なる「新旧の対比」ではなく、うまく噛み合っていることを目指していました。
──新旧の対比ではなく、調和。一言でいうと簡単ですが、すごく難しそうです。
朱牟田:元あったものと、新しくつくるもののバランスについては、よくよく見てみると新しい材があることが分かるくらいが理想でした。
──施工側としても残すことに難しさはあるのでしょうか?
月森:残すといっても何もせずそこにとどめることもありますが、元あるものを活かすために、古い材を一度取り外して、あらたに組み直すことも多いです。ただ面白いのが、木であれば、長年そこにはまっていた状態でその場所の材としてなじみながら、そったり、縮んだりたわんだりして調和していきます。この建物ですと、3階の木の本棚は、元は備品用の棚として使われていたものです。それを一旦ばらして元通りに組む際に大工さんが手間をかけて、ひとつひとつの板の長年の癖をとったりしていました。
──そうなんですね。単に残すのではなく、新たに次の何十年か使うためには、専門家がきちんと手をかけないと駄目なんですね。
月森:古い材を次のステージで使うということはそういうものだと思います。
朱牟田:2階の黄色い梁は、今では使われなくなった形式のもので、見るだけでそれが作られた時代背景がわかるものでした。その佇まいこそがこの建物の60年の重みだと思って、あえて塗装せずに残しています。
──調和という部分でお聞きしたいのですが、狭い路地空間にある建築ということで、ガラスのファサードから見える路地や向き合う雑居ビルのダクトなど、それらむき出しになった壁面との調和について考えたことはありますか?
朱牟田:むき出しのダクト、向かいの赤い外壁というものは、カーテンウォールにする際には、目の前にある強い存在として、常に向き合うものになると思っていました。それでこちら側は逆に、要素を削ぎ落としながら設計をしていきました。意識としては、なにか一つ要素が足りないくらいの構成で設計をしていきました。ファサードにガラスがはまり、隣のビルが見えてきた段階で完成するという感覚でした。
──外もこちらの要素のひとつとして考えていた。すごく面白いですね。個人的な印象としては、都市の裏側らしい込み入った状況の中で、それをむしろポジティブに捉え、そこから見えてくるすべてを受け入れるおおらかさがこの建築にはあると思いました。
朱牟田:見に来てくださる方には東京っぽいと言われます。向かいのビルの配線やダクトなど、それら雑多に見えるものも、建築を構成する要素として無駄なものはなにひとつないとおっしゃる方もいました。東京の都市の裏側をよく表しているということなのだと思います。
──それを聞いてどう思いましたか?
朱牟田:私自身は見慣れすぎていたこともありますが、少し意外な気がしました(笑)。お話を聞いて、あらためて都市の隠された部分をよく表現できていたんだと思いました。
月森:私たちが扱っているのは現実的な、リアルな空間です。先程工務店といっても一般的には、家造りに関わる大工さん、電気屋さんと区別がついていないというお話をしましたが、工務店といっても一般的にはさまざまに認知されているのが現実です。ですが、ここ15年ほどにはなりますが、リノベーションというものが少しずつ一般化していくなかで、工務店というもののあり方も底上げをしていきたいという思いです。まだまだ改良していくことができる新しい仕事であり、可能性はもっとあると思っています。
月森:月造がという訳ではなく業界全体で、そこで暮らしたり活動をする方、一人ひとりの感性を大切にしながら空間を作り上げていくような、リノベーションに特化した会社がもっとあるべきだと思っています。弊社の島本のように職人に建築家の空間言語や感性を共有するハブのような人間がいるということが認識されていけば、街や風景がより面白くなっていくはずと常々思っています。もちろん機能重視であることも必要ですし、101 BASEのようにただ取り壊すのではなく、既存の建物を時代に応じてアップデートしていくことも、これからはさらに求められていくのではないでしょうか。
──予算や工期という現実的な部分ではなく、空き家問題という現代が抱える問題や課題もありますよね。月森さんがおっしゃっている新築をすることの良さもありながら、リノベーションでしかできないことの良さといった両方があって、それを選べることが都市の豊かさに繋がると思いました。
朱牟田:リノベーションに関しては、街の中には使えるものがたくさんある状況は、建築家にとっても利点だと思っています。今回の敷地みたいに都市ではある時代に建込みが進んで、道路に接道していない建物って、特に日本の大都市には多いんです。防災の観点から接道義務など、法規的に新しく建物を建て替えられない状況になっています。リノベーション改修工事がそういう建物を救う手立てになるのではないかと、101 BASEに携わって思うようになりました。まだまだ使える建物ってたくさんあると思います。
月森:リノベーションだからという訳ではありませんが、継承していくという考え方は現代的だし、ものすごくいいと思っています。建築をめぐる技術はこれからも進歩していくし、とどまることはないと思います。一方で壊して捨ててしまえば、二度と同じものが作れないものも街の中にはたくさんあります。新しいものと、街の中で歴史を積み重ねてきたもの、その両方が街に共存しているような状況がもっとつくれるといいと思っています。そのためにももっとリノベーションがひとつの職種となるようなことができたらいいなと思っています。
朱牟田育実
(しゅむた・いくみ)
建築家
1990年埼玉県生まれ。武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、武蔵野美術大学大学院建築学科卒業。2017年からノウサクジュンペイアーキテクツ勤務。2021年、IKUMI SHUMUTA ARCHITECT設立。
月森 忍
(つきもり・しのぶ)
有限会社 月造 取締役
昭和41年生まれ。鳥取県で生まれ十歳まで広島で育つ。父親仕事都合にて東京都に転居。土木会社、展示会場設営会社を経て、平成5年に有限会社月造を設立。現在に至る。