その建築の痕跡を
かたちにすること

建築家との対話/海老名芸術高速

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2021年に竣工した「 海老名芸術高速」は、気鋭の建築コレクティブ「GROUP」と映画監督の清原惟氏、劇作家兼写真家の三野新氏が共同設計を手掛けた平成のはじめにハウスメーカーによって作られた長屋の改修計画。東名高速道路が街を横切る郊外の住宅地にある敷地は、前面に広々としたパーキング、背景に雑木林を抱えている。本稿ではGROUPのメンバーの井上岳氏と月造の島本の対談をお届けする。

話し手:
井上岳(GROUP)、島本貴浩(月造)
テキスト:
加藤孝司
写真:
金本凛太朗

痕跡の中から新しい関係性を生み出す

──つくり手の対話として、今回は建築家と工務店の関係についてお聞きしたいと思っています。まずは今回の「海老名のアトリエ付きの家」での仕事を通じて感じた、建築家にとっての月造とはどんな存在ですか?

井上:設計をする私にとって、とにかく頼りにしている存在です。個人的にはご一緒させていただいている仕事以外でもご相談させていただくことがあって、そのたびに助言をいただいていて恐縮です。

島本:いえいえ、私のほうとしては相談していただくことはとても嬉しいです。この現場が終わってからはあまりお話する機会がなかったのですが、このプロジェクトが建築雑誌「新建築」に掲載される際にも事前にご連絡をいただきました。

──島本さんはいろんな建築家とお仕事をご一緒されていると思いますが、GROUPの皆さんに対してはどんな印象をお持ちですか?

島本:工務店であるわれわれのようなものの意見も取り入れながら作り上げていく、というお考えをお持ちの設計者という印象を持っています。そこはやっていてすごく楽しいですね。

──このプロジェクトが始まった経緯を教えてください。

井上:2019年に竣工した兵庫県芦屋市の住宅「浜町のはなれ」の仕事を通じて知り合ったクライアントさんからお声がけしていただいたのがきっかけです。この建物は平成の始めにハウスメーカーによって建てられた、元々は米軍の厚木基地の方のための住まいとして使われていたものだそうです。それが米軍基地内に寮が出来たことで住み手の方が不在となり、今後の活用についてご相談をいただきました。その時点では具体的なプログラムは決まっていなくて、賃貸として貸し出すことができればいいという感じでした。予算的には壁に四角い穴を開けて終わりというくらいのローコストなプロジェクトでしたが、予算ありきで物事を考えるのはつまらないし、どのようにすれば自分たちのプロジェクト化にできるのかを考えることから始めていきました。

──低予算のプロジェクトだったんですね。

井上:はい。それでコロナ禍になって緊急事態宣言が発出され、友人のアーティストたちの仕事が延期になったりという話も聞いていました。時間を持て余している人が多くいて、彼らを巻き込んだら面白いことができるのではないかと思いました。

島本:そうだったんですね。

井上:興味があったのは、建築家がコンテキストと呼んでいるものに、そこで暮らしてきた人たちの生活のストーリーを融合させてかたちにしていくということでした。

──そこで暮らしてきた人たちの痕跡ということですか?

井上:はい。それでストーリーを扱うアーティストの方に設計の段階から入ってもらうことで、建築家が単に床に穴を開けるだけではない建築ができないかなと思いました。

──これまでのGROUPの仕事においても異分野の作家たちとの協働がありましたね。今回はどんな方が参加されたのですか?

井上:映画監督の清原惟さん、劇作家兼写真家の三野新さんに一緒に設計をしませんかとお声がけをしました。

──三者三様、個性をもった方との協働だったんですね。クライアントさんからは先ほどの賃貸物件としての活用方法以外で何かご要望はありましたか?

井上:クライアントさんが私たちの提案と設計に対して大変寛容な方でしたので特にありませんでした。話していく中でアトリエ付きのシェアハウスという案がでてきました。

島本:私から見ても信頼されて、任されているという感じがありました。

井上:最初に通りに面した壁に大きな穴を開けたいと提案した際にも、どうぞという感じでした。

──この仕事を手がけるにあたり、参照事例はありましたか?

井上:設計手法の参考としては、磯崎新さんの「モンローチェア」を参照しています。形式としてはこれからは増えてくると思うのですが、この時代に建てられた長屋形式の集合住宅の改修事例自体がほとんどなくって。

島本:確かに建築雑誌とかではあまり見かけませんね。

井上:建築家による改修というと、いわゆる古民家か、木造の雰囲気のいい建物がほとんどでした。だからハウスメーカーがつくった集合住宅のいい改修事例にできればという思いもありました。

住むことで発見される空間

井上:この改修に携わり始めた時に、たまたま建築批評家の多木浩二さんの『生きられた家』という本を読んでいました。その本の中には、家は竣工してからの生活の積み重ねで生きられたものになっていく、というようなことが書いてありました。この本に対しては建築家側から、それは建築には関係のないことであるという批評もあるにはあるのですが、この本に書かれていることを再解釈し、この家に残された痕跡をかたちにフィードバックすることも、このプロジェクトにおける3人のテーマになりました。

──この家を設計するにあたり、工事が始まる前に実際にここに住んだそうですね。

井上:はい。設計メンバーが写真や映像を仕事としていることとも関係しているのですが、このプロジェクトの場合、写真や映像を撮ることは図面を引くことに似ているのではないかと思いました。つまり空間という三次元のものを写真や映像といった二次元のものとして切り取るという作業を図面に取り入れてみてはどうかと考えました。それで生活の痕跡を集めるためにここに住むことになりました。

島本:お仕事のご相談をいただく前に実際に住むと聞いて、井上さんたちらしいと思うと同時にびっくりしました。

工事前の建物

──かなり大勢でここに暮らしたそうですね。

井上:私と棗田久美子、赤塚健のGROUPのメンバー3名、清原さん、三野さんに加えて、ミュージシャン、役者、ダンサーたちを雇って住んでもらいました。

島本:ここに住んでもらうために雇ったんですね。

井上:そうです。その9名で一ヶ月くらい共同生活をしながら、各棟に残されている生活の痕跡を写真や映像で集めつつ、どういう改修があり得るかを一緒に考えていきました。

井上さんたちがこの家で暮らしていた当時の生活風景

──ものすごくユニークな設計アプローチですね。そこでは設計に結びつくどんな気付きがありましたか?

井上:意外だったのが、ハウスメーカーがつくる長屋って、スタンプっぽいというか同じものの反復として建築家からは特に批判されることが多いのですが、住んでみてわかったことがいくつもありました。例えば棟ごとに壁紙が変えられていたり、屋外でバーベキューをしていた跡が残されていたり、ここにある6棟それぞれにそこに住んでいた人たちの痕跡が感じられました。

──当然のことといえばそうですが、つぶさに調べれば見過ごされている固有の変化を見つけることができるんですね。

井上:画一的と捉えられがちなハウスメーカーがつくる住宅にもそういうものがあるということは、実際に住むことで実感として得られた新たな気づきでした。

──みんなで記録していったものにはどんなものがありましたか?

井上:前の住民たちが裏庭でバーベキューをしていた鍋や、住んでいく中で壊れてしまったところなどを記録しながら、どんな暮らしが営まれたいたのかを想像しながら記録していきました。

民主的なプロセスでつくること

──「海老名芸術高速」で月造に依頼した経緯を教えてください。

井上:私たちの以前の仕事であるダンススクールと本屋、学習塾の複合施設である東京調布市の「つつじヶ丘の文化複合施設」(設計:井上岳+棗田久美子+赤塚健/BORD、のちにGROUPの改名改組)で初めて月造さんにお願いしてからは、全てのプロジェクトでご一緒したいと思うくらい信頼している方です。ですが「新宿ホワイトハウス」の時もですが、お願いできる工期と予算がない場合がほとんで……。「海老名芸術高速」はぜひご一緒していただきたく、実際に住む前にここにお越しいただきお願いした経緯があります。

──アトリエ棟の2階の開口が印象的であるとともに大胆なディテールだと思ったのですが、そのことは最初から島本さんにはお伝えしていたのですか?

井上:このようなかたちになるとは自分たちでもその時は考えてはいませんでしたが、壁に穴を開けます、くらいのことはお伝えしていたと思います。

島本:そうでしたね。妻側の外壁には開口部がなくて結構閉塞感のある建物でしたので、大きな窓を作るかもしれないというくらいは事前に聞いていました。ですがアトリエ棟の2階と1階の穴も含めて、まさかこんな感じになるとは驚きでした(笑)

──それでは穴を開けることは住む前から決まっていたんですか?

井上:最初にこの場所を訪れた時から暗いなあとは思っていましたので、外部に繋がる全部の壁に穴を開けたいとは思っていました。ただ四角い穴を開けても、この場所で人が集まるようになるんだろうかと考えていました。

島本:僕らの役目としては金額的にどうしても出来ることは限られてくる部分はあってそのせめぎあいでした。全ての壁に開口部をつくるとなると厳しい部分は正直ありましたので、施工側で出来ることをお伝えした上で実際の設計に活かしていっていただきました。

井上:改修範囲はクライアントさんからは6棟全部というご依頼でした。島本さんと職人さんに現場現場でのアイデアを出していただき設計に反映していきました。
実際に作ったのは単なる「四角い穴」ではなかったのですが、ここで意識していたのはストリートアートグラフィティのような存在でした。

──ストリートアートとは?

井上:路上の片隅や橋の下など、目につかないところにあるのだけれど、小さなサインのようなものひとつで環境に影響を与えるような存在です。それに近いことが建築の設計で出来ないかと考えていました。建築においては三次元のものをつくるとどうしても予算が膨らみがちですが、強度をもった二次元のものであれば全体の環境を変えるようなことが出来るのではないかと考えました。

──切込みのかたちには事前にこの場所で採集した「生きられてきた」さまざまな要素があるそうですが、これらはいわば建築におけるグラフィティだったんですね。

井上:以前の住人が残した痕跡、裏庭を自由に歩く猫などをモチーフとしています。
気持ち的にはグラフィティのような強度のあるかたちをどうつくろうかといろいろ模索しました。とはいえ今回はグラフィティのかっこいいかたちではなく、生活の痕跡が積み重なった物語を感じさせるかたちをつくりたいという思いがあり映画監督、写真家兼劇作家の方にお願いした経緯がありました。ちなみに「つつじヶ丘のプロジェクト」ではグラフィックデザイナーの石塚俊さんに色彩計画をお願いしました。

──開口部の切り込みのかたちにあるストーリーを意味的にもかたち的にも、どのように建築のコンテキストに落とし込んでいかれたのでしょうか?

井上:恣意的に感じられることと、設計されていることをどのように両立させるかが大事だと思いました。例えば、床の切り込みも座れることやサイドテーブル、作業台となるように「設計していること」と、恣意的で表面的ともいえるものをどのように両義的に作るかということは意識しています。

──この場所で見つけた痕跡やストーリーが自然とこの場所での居場所を作っているのはすごいなあと思いました。単に四角く穴を開けただけだと生まれない関係性が生まれていると思いました。島本さんはどう思われましたか?

島本:作りながら、最初はそのかたちの意味はわかりませんでした。ですが、意味もあって機能もあるよく考えられているかたちだと思い、そのバランス感覚が新しいと思いました。

井上:博士課程のころローコスト建築プロジェクトに建築家としてどう関わるかということを研究したことがありました。その時に、クライアント、施工会社、建築家にインタビューをして、建築家たちが建築設計の職能をワークショップや教育に活かしていることがわかりました。多くの作品には形に特徴があまり見られないのですが、私はローコストな中で形をどのようにつくるかに興味があります。

──建築コレクティブであるGROUPは複数のメンバーで構成されているそうですが、本件には井上さんを含めて何名で携わっているのでしょうか?

井上:建築設計当時、大村と齋藤は加入しておらず、海老名は担当者としては私、棗田久美子、赤塚健の3名です。ちなみに「新宿ホワイトハウス」は5名でした。

──特に何名とは決まっていないのですね。

井上:プロジェクトによって変わります。でも最近自分たちのコレクティブでの制作のあり方を試行錯誤していて、アートコレクティブであるchim↑pomの皆さんが結成以来毎週全員で打ち合わせをしているとお聞きして、僕らはそれまでは半年毎でしたが、最近では毎週全員で打ち合わせをするようになりました。

──有機的な集まりということですね。今日もインタビューにご対応いただいていますが、井上さんが中心的な役割を担っているのですか?

井上:というわけではありません。どのような場をつくるとフラットになるかを考えつつ制作しています。

井上:個人の設計者がもつ強いコンセプトでつくる建築もすごく好きなのですが、個人的にはそうではない建築のあり方をつくれないかと思っていました。

──それは民主的な、ということですか?

井上:そうです。みんなでアイデアを出し合って作るんだけどアイデアの強度は落とさないということができないかと。民主主義にも興味があって本を読んだりしているのですが、多数決ではないやり方での決定の仕方や、集団のアイデアやワークショップ的には作っているけどそこにいかに強度を持たせるかということに興味があります。それでコレクティブというあり方を選んでみんなでやっています。

──そういった意味では対話型の月造さんとの共同は親和性が高い感じがします。

井上:映画のエンドロールが好きで、制作に関わった人全員の名前がでてくるじゃないですか。でも建築って雑誌とかに載る時には省かれることがあって、本当は職人さんとかの名前を入れて、エンドロールを長くしたいんですね。本来大勢で作る建築においてそういうあり方をどう作るかということにも興味があります。

島本:能作さんも近いことを言っていらして、私たちも職人さんがいなけれが成り立たない仕事ですので、今井上さんがおっしゃっていただいたことにはすごく共感します。

つくり手の意図を翻訳する

──工務店の仕事としては実際に手を動かしてもらう職人さんに建築家の意図を伝える役目もあると思いますが、今回はどのように意図を伝えていかれたのでしょうか?

島本:全ての案件がそうなのですが、図面を見て設計者の意図を読み解くことから仕事を始めます。そこで読み解いたことを含めて職人さんに伝えること、いわば設計者の意図を翻訳するのが工務店である私の仕事だと思っています。月造はどちらかというと対話型の工務店で、設計者と対話をしながらかたちを作っていくというスタイルが合っている会社です。
設計者さんと職人さんをうまく繋ぐ役割も大切にしていて、職人さんには全体における大切な細部をひとつひとつ作っているんだということをお伝えして認識していただくことも大切です。それがすごく顕著に表れているのがこのプロジェクトだと思っています。

井上:壁の開口などは特に、型紙を頼りに下書きを現場で描いて、それを職人さんと一緒に修正をしながらカットしていただいた部分です。

島本:小規模であれば図面通りにすれば済む部分なのですが、このプロジェクトはスケールアウトをしている建物ですし、外壁にあれだけ大きなかたちをつくるのは私たちにとっても大きなチャレンジでした。その中で職人さんのほうから、グリッドをつくってかたちをつくったらいいのでは、と提案をしてもらったこともありました。

井上:それは職人の情野さんからいただいたアイデアでしたね。そのおかげで再現性の高いものを実現することができました。

──そういった意味でも島本さんのお仕事は対話を通じて、設計者、職人、工務店の双方の共通言語つくっていくことでもあるのですね。

島本:私どもの場合、設計者だけでなく職人さんとの打ち合わせもとても多くて、この現場は特にそうでしたが、職人さんの意見を聞かなければ、なかなかこのようなかたちは作れません。実際にグリッドを描くこともですが、設計者である井上さんにもものすごくご協力をしていただきました。井上さんのお人柄もあって、そのキャッチボールはとてもスムーズでした。

井上:これは良し悪しあるのですが、工務店さんによっては「やっといたから」というような事後報告的なことがままあります。ですが月造さんの場合、対話を重視していただいたいて、図面に描いたものの意図をどう汲み取ってかたちにするのかを含めて、しっかり聞いていただけるのですごくやりやすいですし信頼ができます。

──島本さん、その都度聞くのはなぜですか?

島本:行き違いが怖いのではなく、話をしていると図面にはでてこない部分が見えてくることもそうですが、お互い人間同士ですから、設計と建物をみんなで囲んで話しながら作るのが楽しいからです。それともうひとつ大切なのが、私たちはお客様とお約束をさせていただいたご予算の中でしっかり仕事をしなければなりません。そのためにも設計者の方にもその都度お伝えしながらよりよいものを実現していく務めがあります。そのためにコミュニケーションが大切なんです。それを常に心がけながら仕事をしています。

<つくり手の対話 後編に続く>

  • 井上 岳

    (いのうえ・がく)

    建築家
    石上純也建築設計事務所を経て、GROUP共同主宰。主な作品に《新宿ホワイトハウスの庭の改修》《海老名の工房付きシェアハウス》《浜町のはなれ》など。主な編著に《ノーツ「庭」》など。

  • 島本 貴浩

    (しまもと・たかひろ)

    有限会社 月造 取締役 / 一級建築士
    昭和52年神奈川県生まれ。東海大学工学部建築学科卒業。都内設計事務所勤務を経て、有限会社月造で活動。現在に至る。

海老名芸術高速

  • 建築設計:井上岳、棗田久美子、赤塚健、清原惟、三野新
  • 設計協力:石倉来輝、小山薫子、坂藤加菜、鈴木健太
  • 外構・造園:井上岳、大村高広、齋藤直紀、棗田久美子、赤塚健、清原惟、三野新
  • 施工:月造
  • 主体構造・構法:鉄鋼系組立構造
  • 基礎:布基礎