施工の仕事は、現場で直面するさまざまな問題や困難に対し、楽しみながら向き合い手を動かすことでクリアしていくことともいえる。リノベーションとは毎回同じということがなく、初めてのことに直面する仕事。「海老名のアトリエ付きの家」は、平成のはじめに竣工した長屋のような集合住宅をアトリエ付きの賃貸物件に改修するプロジェクト。本稿では設計を担当したGROUPのメンバー井上岳氏と月造の島本貴浩に、現場の施工を担当した大工の情野氏に加わってもらい、そのものづくりへの思いについて話してもらった。
──建築プロジェクトにおいて、あらたまってつくり手の方のお話を伺うことができる機会は少ないと思います。まずは情野さんのお仕事について教えてください。
情野:いわゆる大工です。そして私の場合は大工の棟梁として、工務店から実際に依頼を受けてから、現場で一緒に働く大工のセレクトをするのも仕事のひとつです。大工といってもの十人十色で、それぞれに得意分野と好き嫌いがあります。それぞれが働きやすい環境であることを考えて人選をしています。
──工務店に対して大工さんは専属であることが多いのでしょうか?
情野:それぞれだとは思いますが、ほぼ専属だと思います。
島本:月造の場合は9割以上の現場で情野さんとお仕事をさせていただいます。
──お仕事のスタンスとして情野さんが大切にされていることを教えてください。
情野:月造の仕事はご存知のように、毎回ほぼしたことのない案件であり、そういうことを頼まれやすい工務店です。実際のところ打ち合わせをして、出来る出来ないで悩んでいたら身が持たないことばかりです(笑)。建築家の方のアイデアを前に、これは出来ないと思う前に、こんな案が来たか、と楽しむ気持ちが大切だと思っています。
──なるほど。
情野:毎回そういう心意気でやっています。
──情野さんにとって建築家とはどのような存在ですか?
情野:月造に依頼している人たちのタイプでいうと、褒め言葉として「人とは違ったことを考える人たち」という印象です。もちろんそつないものをつくる設計屋さんもいるとは思うのですが、私たちが付き合う方たちはいわゆる普通のことは考えない人たちばかりです。
井上:そう思われていたんですね(笑)。僕たちの方からすると情野さんは仕事服からしてもこだわりがあったり、いつも現場に乗ってこられる車の車高がめちゃくちゃ低くてカッコいい職人さんという印象です。でもあの車で入れる現場って限られるんじゃないですか?
情野:そんなことはないです(笑)。
島本:私からすると大工さんこそフィーチャーしていただきたい存在ですから、建築家の方に普段のスタイルや生活環境をみていただいているのは嬉しいですね。
──建築家にとって実際に手を動かしてくれる大工さん、職人さんとはどんな存在ですか?
井上:今は独立しましたが、以前は設計事務所の所員として働いていました。現場担当も経験しているのでわかるのですが、これまではともすると建築家と職人さんとの板挟み状態になることもありました。でも月造さんと情野さんに対しては、僕たち建築家の設計意図や話しをしっかり聞いてくれるというポジティブな印象しかありません。
島本:でも工務店からすると怒る工務店の気持ちも分かります(笑)。というのも彼らには決められた工期があります。それは工務店だけでは決められないものなんです。
情野:今はあまりいませんが、昔は設計者にくってかかるのが美学だと思っている職人もいたと思います(笑)。私はそんなことをしたら設計者が萎縮して頼みたいことも頼めなくなるので、いいものをつくるためにもそれがすごく嫌でした。
──情野さんとしては建築家のその建築に対する思いに応えられるものは、しっかりと応えたいと思っていらっしゃるのですね。
情野:当然です。正直今でも先ほどのような美学をもった職人もいて、私としてはその気持を表に出さないようにさせるのも仕事です。
──といいますと?
情野:それは棟梁である私が設計者の意図を一人ひとりの職人に伝えるということです。
──ある種の伝言ゲームですね。
情野:はい。そうです。私がしっかり説明をすれば職人にも不満や不安は生まれませんから。それは常に心がけていますし、実践していることです。
井上:そういったお話を大工さんからお聞きできるのはすごく新鮮です。
──海老名の現場はいかがでしたか?
情野:お二人の話しにもありましたが、生きた線をどう生きた意匠にするのかが肝の仕事でした。私たちはどうしても数字でものを追いかける癖があります。例えば曲線であればRが幾つで半径は何センチと、数字で具現化していくのです。ですがこの現場では設計図に描かれた曲線をどのように現場に拡大転写をするか。それがここでの私の現場での仕事でした。
島本:確かにそうでしたね。
情野:それで壁一面というような全体としては大きなスケールでしたので、等間隔で把握しやすいように壁に対応するグリッドを作成していき、一コマずつで実際の絵を描いていく作業を私自身で実寸で行いました。
床に関しては線は描きましたが、職人に切ってもらいました。ただ、外壁の線は描くだけでは伝わらないと思い、壁の抜きに関しては私が切りました。
──ローコストのリノベーションということで壊すところ、残すところ、つくるところのせめぎあいのバランスには苦心されたと思います。設計者の井上さんとしてはどのように考えていかれたのでしょうか?
井上:まず、設計をするにあたりこの建物の詳細な設計図がありませんでした。ですので床や壁の中に何があるか、開けてみないと分かりませんでした。
──古い物件だとそういうことも多そうですね。
井上:2階の床に開口を開けるにあたっても、根太はないものとして考えいましたが、実際に開けてみたら根太がありました。情野さんには根太がないと床がもたないと指摘されました。そうすると床と根太と開口の曲線の関係から当初考えていたものから変更する必要がでてきました。
最終的には床があるところは根太を残したり、機能とコンセプトのバランスで、最大限コンセプトが残る方法を現場で考えていきました。壁にも不規則に柱が入っていて、予想外のことも多い現場でした。そういったことを検討する時間により、情野さんの仕事を止めてしまうことになったのですが……。
井上:壁のガラスは四角く入れていますが、当初は板の切り込みに合わせて切ったガラスをはめるという案もありました。でもコストと効果のバランスを情野さんたちと対話をしながら、どう解決をしていくのかということもご提案をいただき、対応していただけたことはとてもありがたかったです。
情野:そうでしたね。一階の床の切り込みは新しく貼った床の下に一部鉄板で補強し、見える部分から5センチバックさせて元の床も残しています。この箇所なんかはまさにデザインと機能の妥協点を一緒に探りながら落とし所を見つけていったディテールになります。
──お話を伺ってコスト面も含め、情野さんが一番冷静に現場をみているのではないかと思ったのですがいかがですか?
情野:正直一番冷静ではありません(笑)。むしろ熱くなっているかもしれません。工期的なこととお金の面もありますし、つねに時間に追われています。それとみんなに冷静になってもらうためにも、私自身が冷静ではいられない部分もあるのかもしれません。
──月造の仕事としていろいろな建築家と協働されていると思いますが、情野さんからみてGROUPという建築家はどんな存在でしたか?
情野:簡単な現場ではありませんでしたが、いい意味で私たち職人を信頼して頼りにしていただいているということが伝わってきて、すごくやりやすかったですし、ありがたかったですね。最初から職人のことを図面通りに作る人と思っている方も中にはいるので。
島本:うちのご一緒させていただく方はだいたい、言い方はあれですが、この人たちのためにやってあげたいと思わせてくれる建築家がほとんどです。そういう気持ちが現場を気持ちよく、かつクリエイティブに動かしてくれます。
井上:設計側にしても、これは無理かなと半信半疑なアイデアにも真摯に向きってくれるというか。
──具体的にはどの部分ですか?
井上:アトリエ棟の入口にある小窓を半分に切ったところなどです。
情野:あれは私も無理かなあと思った場所です(笑)。
井上:一応出来るか聞いてみようかなあと。
島本:困難かもしれないけど面白いと思わせてくれるところも井上さんのお人柄ですよね。
──途中でガラスがカットされた窓の部分はどのように実現させたのですか?
情野:金物屋さんが出来ないこともないということでやってもらいました。
──つくる側としては、それを作る意味はその都度気にされますか?
情野:知りたいとは思いますが、想像を超えてくるのがプロの建築家の仕事ですから、島本さんが言ったように「面白い」だけでも私はやる意味があると理解しているつもりです。
──ちなみに、どうして途中で切ったのですか?
井上:もちろん見た目の面白さだけではありません。こういうリノベの場合、搬入口というのが問題に出てくることがあります。あそこにはもともと長屋時代の入口があった場所です。でも今後アート作品の搬入搬出をすることを考えると、アトリエとしては広いエントランスをつくる必要がありました。
でもあの窓が邪魔で、レールの制限もあり最大の幅をとれるのがあの場所でした。
島本:ただ、最初はガラスの切りっぱなしだったのですが、今回唯一オーナーさんにご指摘いただき、枠を作って修正をした箇所でもありました。
──島本さんは自分の仕事のひとつを建築家の設計意図や思いを大工さんに翻訳して伝えることだとおっしゃっていました。情野さんは島本さんの言葉をどのように捉え、自分ごとととして解釈されているのでしょうか?
情野:下世話なことから言いますと、予算に対して出来ること出来ないことがありそうだけどどうしましょう?という意味だと解釈しています。島本さんの言葉は職人側からみて感じたそういうことを正直に話すいいきっかけになっていると思います。そしてさらにその先に私から「翻訳」して伝えなければならない人たちがいるんです。
──では、情野さんにとっての翻訳することとは具体的にどんなことでしょうか?
情野:数値化することでしょうか。真っ直ぐに切ることにしても、いくつもある「物差し」の中でどれを選び、どの定規で切るのが一番いいのか。それも職人に伝える方法のひとつです。現場では日々そんなことばかり考えています。そのためにもみんながわかるように数値化する必要があるんです。
──なるほど。設計者としてもつくり手のかたから学ぶこともありそうですね。
井上:月造さんとの現場は、ものづくりに関してはもちろん、人間的な部分や思いの部分でどんなことをすれば実現に導くことができるのか、コミュニケーションの部分でもたいへん学びが多いです。
島本:建築家と職人さんとの関係では私の立場では例えばこんなこともあります。設計者からここは980にしたいけど、職人さんからは900の方が歩留まりがいいと言われることがあります。でもそこにもし設計者の意図があるならば、私は間に立って建築家に寄り添いたい。そこには工務店の立場からの翻訳が必要だと思っています。
──住まいの歴史ひとつとっても、住まいという入れ物に人間の生き方を合わせていくという考えが一方にあって、道具でもアートでも誰も見たこともない新しいものは規格外のものや人のアイデアから生まれてきたともいえるのではないでしょうか?
井上:僕は、例えば既製品としての建物や団地など、かつての合理的な考えが生んだ少し不思議な環境に興味があります。
自分が携わるものに関してもまた、設計の際はそれがこれまで学んだ建築の歴史に対してどのように位置づけられるのかについてはよく考えます。既存の規格に対して、それが少しズレることの面白さはあると思っています。
──確かに、建物から見つけた痕跡を反映させた切り込みにしても、現代建築やホワイトキューブのような空間にあるのとは少し異なる意味があるように感じます。
井上:壁紙も既存のものをはりなおしたり、巾木にしても、既存のものを解体後あえて同じ巾木を買い直しているんですよ。巾木はないほうがいいというような方向ではない、その環境に合ったあり方を見つけたいと思っています。建築が専門外の人たちを設計に巻き込んでいるのも、知らずしらずに影響を受けているそういったものを自覚するためにしているところもあります。
──情野さんも一緒に仕事をする建築家の話を聞いて自身のお仕事に反映されることもありますか?
情野:もちろんです。やるたびに出来ることのレパートリーが増えていると実感しています。それはうちでやってくれる大工さんも同じで、それが仕事への自信と満足感にも繋がっているようです。それとGROUPさんとの今回の仕事もそうですが、自分たちが携わった仕事をメディアに載せていただけることも大きな励みになっています。
だから、やれるかどうかは一緒に考えればいいだけですので、建築家の方にはどんどん奇抜なことを考えていただきたいと思いながらいつも仕事をしています。
情野 智樹
(せいの・ともき)
有限会社 月造 製作部本部長
昭和48年兵庫県生まれ。名古屋造形芸術大学在学中Sony YMFバンドコンテスト優勝。上京後「Cutter Knife」でメジャーデビュー。現在に至る。
井上 岳
(いのうえ・がく)
建築家
石上純也建築設計事務所を経て、GROUP共同主宰。主な作品に《新宿ホワイトハウスの庭の改修》《海老名の工房付きシェアハウス》《浜町のはなれ》など。主な編著に《ノーツ「庭」》など。
島本 貴浩
(しまもと・たかひろ)
有限会社 月造 取締役 / 一級建築士
昭和52年神奈川県生まれ。東海大学工学部建築学科卒業。都内設計事務所勤務を経て、有限会社月造で活動。現在に至る。